2019年06月18日

NHKスペシャルを見て K.K ㊶

 6/2のNHKスペシャルで、安楽死のドキュメンタリー番組をやっていた。
 わが国では、人工呼吸器や胃ろうなどの生命維持装置のような所謂延命措置を施さない消極的な方法は、患者本人の意思確認ができているなど、一定の条件のもとに認められる場合があるが、薬物投与などの積極的安楽死は認められていない。同番組では、安楽死を望む患者がスイスで薬物投与を受け、息を引き取る瞬間までのショッキングな映像が流された。
 治る見込みのない難病に苦しみ、周囲に迷惑を掛けることを潔しとしない明確な意思を持つ患者の究極の意思を、葛藤を抱えながら理解しようとする患者の姉妹が最後の瞬間に立ち会う場面を身がよじれる思いをしながら視聴した。
 最近のNHKは前述の延命措置のように、その諾否を視聴者に問いかけるような踏み込んだ番組が増えたような気がする。
 少子化が進んだ結果、縁者が皆無という人たちはこれから急激に増えていくだろう。人としての尊厳を考えたとき、生きたいという人の意思は尊重すべきであるが、一方でそれを望まない人たちの意思も尊重すべき時代が到来しつつあるような気がする。
posted by ハロフレ at 09:44| Comment(0) | 日記

2019年06月11日

初老の懐古 K.Y−C

 “翠(みどり)したたる指月山(しずきやま)…”
 今から48年前に覚えた校歌です。入学式で初めて聞き希望に胸を膨らませた往時を回顧する気分があります。
 BUT その希望(期待?)も二日後には恐怖と変わりました。
朝の朝礼前に3年生の先輩が5人位(応援団の団長以下幹部)教室に来まして、“この中で先輩に挨拶してない者はおるかー”と教室に響き渡りました。一瞬のうちに教室は氷の世界。
 私は何かわからず素直に手を挙げました。“なんでかー”と怒声。“入ったばかりで同級もあまりわからないのに先輩は余計にわかりません”とつい言ってしまいました。
 応援団の団長は啞然とした表情を浮かべ“それもそーやのー”と一言だけ。
 なんで言ったのか後悔しましたが、後の祭り。暫くの間、目を下に向け早走りで移動する状況でしたが。1週間位してまたも呼び出し(もちろん一人だけ)“少しは、先輩を覚えたか、覚えた先輩に挨拶はしちょるか?”“クラブの先輩から始めています”と小声で返答。“それならえー”と励まし。それ以来、その先輩たちとは懇意にさせてもらいました。
 修学旅行のお土産を貰ったり、先輩の指導で新品の学帽を中生地を剥ぎその中にタオルを入れ膨らませてかぶったり、小さく細いカバンで登校したり。ETC…
 今も小さい町に住んでいますが、その先輩とはたまに顔を合わせたときには“高校では、やられましたねー”“いや、お前が生意気やったんやー”とたわいのない会話を交わしています。
 嫌なこと、苦しいこと、楽しいこと等たくさんあり、懐かしくもあり、いい思い出です。
posted by ハロフレ at 17:01| Comment(0) | 日記

イージス・アショア K.K ㊵

 国は、秋田市とともに、萩市むつみ地域にイージス・アショアを配備しようとしている。わが国の防衛政策上のほか日米同盟の観点からその必要性が求められている。加えて米国からの経済的要請の意味合いもある。数千億円をかけてイージス・アショアを整備しても、現状ではその効果には疑問があるとの見方もある。
 他方、国は、沖縄県には県民の民意を無視する形で辺野古移設を強行しようとしている。敗色濃厚となった太平洋戦争で、本土決戦の時間稼ぎとして捨て石にされた沖縄県に、戦後70年以上を経て、令和の時代になった今でも過重な負担を押し付けようとしている。
 イージス・アショアは原発事故のような放射能汚染の心配はない。技術改良によってその効果は限りなく向上するかもしれない。どうして萩市が適地とされたのかという根源的な疑問もある。100%意見の一致をみることは不可能と思う。どうしても必要な施設であるならば、国は地元が納得できる理由をきちんと示して進めることが望まれる。
 今日のブログは、非常にデリケートな内容に言及しましたが、時には、こうしたことにも思索を巡らしてみることも大事かも。
posted by ハロフレ at 08:57| Comment(0) | 日記