2021年04月06日

永山事件 132

 現在、死刑制度を廃止している国が多数となっている。残虐であるとか冤罪を生むなどの理由からで、存続しているのは先進国では、アメリカや日本などごく少数となっている。
 被害者や遺族の心情を思うと、極刑は仕方ないと思うが、加害者の生育状況を鑑みると可哀そうに思い、情状酌量の余地もあるかなと思うときもある。
 昭和43年、4人の男性をピストルで相次いで射殺する連続殺人事件があった。犯人は、死刑執行の「永山基準」の元となった永山則夫だ。北海道網走で8人兄弟の7番目として生まれ、酒、博打好きの父親、行商の母親が相次いで家族を捨て、兄弟はゴミ箱をあさる極貧生活だった。そして、則夫は、兄や姉たちから欲求不満のはけ口にされ、何度か死にかけたこともあった。
 中卒後、集団就職で上京後、まじめに仕事をしていたが、不運や誤解もあり、転職や小さな事件を繰り返したのち、米軍横須賀基地でピストルを盗み、事件を起こした。
 獄中、多くの文学作品を発表し、結婚もし、被害者への謝罪の意を表し、贖罪の気持ちから印税は償い金や貧しい子供への基金となった。当時、この事件への関心は高く、死刑を回避する助命嘆願を求める声が各界から寄せられた。
 十数年前、NHKEテレで、この事件を扱ったドキュメンタリーを見て、興味を抱き、著書も数冊読んだ。
 人として生まれてきたものの、何もいいことがなく、虐げられ、理解されることもなく、止む無く悪事に手を染めてしまう者は少なからずいると思う。一方で、巨悪を犯しても、平然と安穏に贅沢な暮らしをしている人たちもいる。「天網恢恢疎にして漏らさず」とはいかない現実がもどかしい。
posted by ハロフレ at 08:40| Comment(0) | 日記
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