2019年05月28日

その後のメダカ YH−C

 昨年12月のブログに、メダカの飼育について書かせていただき、12月時点で約250匹の成魚・幼魚を飼っている事をお伝えしました。その後、メダカの飼育状況がどうなったのか、5月中旬までをお伝えします。
 屋外での飼育は、水温・日照に左右されます。昨年の10月下旬以降に寒くなり、水温が18℃以下、日照時間が13時間となった頃から産卵は止まりました。水温が下がるにつれ、成魚・幼魚ともに食欲減退が見られる様になり、幼魚の成長も止まります。
 冬の寒い時期に入ると、餌の回数は減り、1日1回を与えてもメダカが水面に顔を覗ける日は少なくなりました。2月頃には、約200匹近くいた幼魚の数がかなり減ってきた様にも思えたものです。
 4月上旬に入り、水温が上がり始めた頃、幼魚の生態がどうなったのか、恐るおそるに水槽の掃除を行いました。約50匹ほどの幼魚が、ほとんど成長のない状態で生き延びています。
 5月中旬を迎えた今、水温が日中では22〜24℃、夜間でも18℃以上となり、食欲を増した幼魚はかなり大きくなりました。 成魚も水温が18℃以上となった4月下旬頃から産卵を始め、5月3日付けの採卵床から5月14日に2匹が孵化し、現在31匹の稚魚が元気に泳いでいます。       
 目標1,000匹への道は始まったばかりです。

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朝乃山が優勝したが K.K ㊳

 令和最初の大相撲の夏場所は、14日目にして平幕の朝乃山が優勝を決めた。
 横綱や大関は、その番付から絶えず優勝若しくは優勝争いに関わることが求められているはずだ。また、三役力士もその責務の一端は担うべきとも思う。
 今場所の朝乃山は三役経験もない。このことは非常に恥ずべきことであるとともに、憂うべき事態とも思う。
 一方で、私は非常に穿った見方もしている。13日目に大関復帰の懸かった栃ノ心との一番は物言いがつき、6分間もの協議の末、行司差し違えで朝乃山に軍配が上がり優勝に大きく近づいた。非常に難しくはあったが、後味の悪い判定となった。そして、14日目は、勝てば優勝に望みがつながった鶴竜が、栃ノ心の変化に屈し、その望みが潰えてしまった。
 この一連の流れは、令和最初の天皇賜杯を、そして米国大統領杯が、国賓として来日中の米国トランプ大統領から直接授与されるのは、何としても日本人力士にしたかった、なおかつ千秋楽に座布団が舞うことのないようにと考えた日本政府の意思が働き、日本相撲協会がそれに応じた、ような気がする。まあ、そんなことはないか。
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2019年05月21日

同窓会その2 K.K ㊲

 先週、職場のパソコンに大学に入り立ての頃、最初に会話を交わしたものの、兵庫県の実家から遠距離通学をしていたため、その後は特に親しく付き合うこともなかった友人からメールが届いた。大学時代の彼の記憶に名前が浮かぶ人物をネット検索したところ、ヒットしたとのことで、その後の人生が書き連ねてあって、お互いの境遇に共感すると同時に浅い付き合いにもかかわらず、懐かしんでくれたことをとてもうれしく思った。
 2年半前卒業後初めて、遠くは岩手県や茨城県など全国から比較的親しくしていた15人位の麻雀仲間が紅葉の京都に集まり、麻雀抜きの旧交を温めた。中には、誰、こいつ?といったものもいたが、どこかに当時の面影を宿していて、すぐに懐かしいあの時代にタイムスリップし、とても充実したひと時を過ごした。
 さて、先日の高校同窓会の続き。最近、中学校もそうだが、記念植樹が流行っている。悪いとは言わないが、数年後、彼の地を訪れ、懐かしいと感じる者がどれほどいるだろうか。彼の地を訪れようと思うだろうか、そこがどこかを知っているだろうか。植樹したこと自体を知っているだろうか。私自身、高校の植樹がこの2月、萩市内が眺望できるとある場所で行われたことを最近知った。立派な御影石に卒業期が刻印されていた。「結構、金がかかっただろうな」と、思った。
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