2018年10月23日

クリスマスイブが誕生日 K.Y.−@

クリスマスソングが巷に流れる時期までまだ少々の時間がありますが、自己紹介として遥か遠い過去の思い出にこの曲がありました。“なぜか?”それは私の誕生日と関係があります。
 実は、昭和○○年12月24日午前4時が誕生日とその時間でした。心純粋な幼き頃この曲を聴くと“プレゼントは、なんだろうと”胸躍る日々がありました。果して親父のバーでのケーキばかりです。昔のバーでは販促の一環として“パーティ”があり、そのお土産でした。親父はいつも4,5枚の券を買っていました。酒が、雰意気が好きだったと思います。それとも…?
時は移り、平成の世となり誕生日は“天皇の誕生日”と“クリスマス”の狭間(日本文化と西洋文化)なりました。でもイヴと称し巷間では賑やかです。世界のみなさんが誕生日を祝ってくれていると考えると何となく浮かれる自分を発見する昨今です。
でもやはり家族から“おめでとう”と言葉だけではねーと思う私は捻くれ者で寂しい老年初期のおじさんなのでしょう。
posted by ハロフレ at 13:19| Comment(0) | 日記

前川清 k.kF

今日(30.10.16)は、毎年恒例のハローフレンズの研修旅行の日である。このことについては、またの機会に述べるとして、夕方から、萩市民館であった「前川清」コンサートに妻と二人で出かけた。前半の約1時間は地元のセミプロ級の人達やゲスト歌手が歌い、しばしの幕間の後、満を持して「長崎は今日も雨だった」のブルースとともにマイクを握る本人がホールを埋め尽くす900人の観客の割れんばかりの拍手で迎えられた。歌手生活50年、今年70歳とのことだが、その登場シーンは、スターそのものであった。私が高校生の頃、亡母は前川清の大ファンだった。なぜなら、メガネをかけていなかった当時の私が本人にそっくりだったから(と、母はしょっちゅう言っていたし、幾人の同級の女子からもそう言われていた)。私自身は、それほどファンというわけではなかったが、今夜のステージを見て大好きになった。ソロになって発表した数局に続き、ステージを下り、会場を可能な限り回り、クールファイブ時代の数々の名曲をマイク片手に歌いながら、観客の握手に応え、カメラやスマホにきちんと取りやすいポーズをとってくれたり、車いす席まで駆け寄ったりして、実にサービス精神に満ちた暖かい素敵なコンサートだった。これからは、毎週の日曜日には「前川清の笑顔まんてんタビ好キ」を見てみようと思った。
posted by ハロフレ at 13:15| Comment(0) | 日記