2019年07月16日

流しそうめん T.I‐C

 先日、ハローフレンズの行事で流しそうめんを行いました。利用者の方々は、楽しそうに麺の争奪戦を繰り広げられていました。麺を早い位置で沢山取ろうとする方、一番後ろでゆっくり流れてきた麺を食べる方、皆さん食べ方はそれぞれでした。自分は麺を流しながら、「流さずに食べる方がたくさん食べれるかな」と楽しむ心よりも食欲が上回ってしまっていましたが、今年初めての夏らしい事を楽しませて頂きました。
posted by ハロフレ at 09:01| Comment(0) | 日記

大事にしたいこと K.K ㊺

 嘗ては、魚釣りが趣味で、真夏の太陽の下でも、雪が舞う真冬でも出掛けていた。下手の横好きで思うような釣果は滅多に上がらなかった。勢いよく沈む浮きに合わせて「やった!大物だっ!」と思い切り引いた竿がスカを食らったかと思うと、竿先でメダカのような魚がひらひらするようなことがしょっちゅうだった。それでもせっせと出かけて行った。
 ある時、釣り場に着いて、車のトランクを開けたところ、用意したはずの竿がなく、とんぼ返りしたこともある。大物が釣りたくて、小型船舶免許を取って、本気でプレジャーボートを買おうと思い、手始めに手漕ぎの貸ボートで指月山の50メートル沖でボートを停め、釣り針にエサを付けようと下を向いたら、胸がむかむかしてきた。3〜4回釣り糸を垂れたが、ものの10分も持たず、あえなく撃沈。無謀な考えは、あっさり引っ込め、磯や堤防釣りに徹した。
 だが、ある時期を境に行かなくなった。釣り上げた小魚があまりにも小さすぎて、食べてやることもできず、殺生をするだけでかわいそうに思う気持ちが強くなったことと、まだ、小さかった子供たちそっちのけで、釣りにうつつを抜かしていたものの、かわいい盛りの子供たちとのかけがえのない時間をみすみす手放していることが、とても愚かに思えたためである。今、振り返ってみても、そのことに気づいた意味は大きかったと思っている。
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2019年07月09日

虐待はいけない! が… K.K ㊹

 民法の懲戒権が見直される見通し。親の子に対する教育的必要性から認められているが、これが濫用されることにより、虐待へとエスカレートすることを防ぐためという。今更ながらと思う反面、そこまで必要かと相反する思いがある。
 虐待死のニュースが連日のように報道され、不幸の連鎖を断ち切らなければならない。懲戒権を盾に、虐待まがいの監護をする親は間違いなくいる。虐待死を起こす親は、嘗て自分もそうされてきた過去を持つ者が多いという。だが、そうではなく、何不自由なく甘やかされて育った者もいると思う。虐待を受けた者は、自分はそうはならないと思うのか、あるいは自分もそれを繰り返すようになるのか。いうまでもなく、虐待は許されない。だが、一定の体罰を伴う懲罰は認められるべきと思う。あくまでも抑制を効かすという前提ではあるが。
 今、学校では、教師が少し体罰をしたからと言って、ニュース沙汰になる。学校当局はそれを恐れ、先生を締め付けることとなる。その結果、学校が荒れ、生徒間のいじめがはびこる。学校や教育委員会は親や子どもにおもねることなく、自信を持って毅然とした態度で臨むべきだ。その一方、指導に落ち度があった場合は、聞き苦しい釈明をすることなく、誠心誠意事態に対処してほしいと思う。
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